仏教と批判的合理主義

斧節

leaf小野不一氏の文章

  小野不一氏のブログ「斧節」を読んでいて、興味深い文章に遭遇したので記録しておこうと思う。

  わたしが関心したのは以下の文章(前後の文脈は各自で確認されたい)。

  長くなったので結論だけ書いておこう。

  ・祈りは絶対にかなう。
  ・死後の生命の存在。
  ・物語としての因果論。

  ここから脱却しない限り、21世紀の宗教たり得ない。これらは既に科学領域で完全に否定されているのだ。

(「スピリチュアル系創価学会員に告ぐ」、http://d.hatena.ne.jp/sokaodo/20110702/p2

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  1. 2011/07/03(日) 04:28:12|
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財務なんてどうでもいい

  創価学会には「財務」というシステムがあるが、これは、要するに、「教団に対する供養」である。

  ところで、創価学会は、会則の中で、「釈尊に始まる仏教の慈悲と平和の精神は、大乗仏教の真髄である法華経に集約され、一切衆生を救う教えとして明示された」とうたっているのであるが、実は、その法華経には、「教団に対する供養(=財務)なんてどうでもいい」と書いてあるのだ。

  よって、創価学会員は、「財務なんてどうでもいい」と理解するのが全く正しい。

  法華経には、たしかに、「教団に対する供養なんてどうでもいい」と書かれているので、そのことを以下に少し詳しく紹介しておこう。

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  1. 2011/05/15(日) 03:01:56|
  2.   仏教 [ 法華経 ]
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日蓮が法主仏従を強調した意図

leaf松本史朗博士の法師品解釈

  「法師品」には「『法華経』の経巻を〝生きている仏陀〟そのものと見なす考え方が説かれていると見ることができる」という松本史朗博士の説を以下に引用しておきます。

法師品─『法華経』の経巻を〝生きている仏陀〟そのものと見なす考え方(松本史朗)
http://fallibilism.web.fc2.com/137.html
  この松本説は妥当であるとわたしは思います。

  よって、日蓮の「法華経は即ち釈迦牟尼仏なり(「守護国家論」)という主張は、『法華経』そのものに根拠があると思います。

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  1. 2011/03/13(日) 20:34:17|
  2.   仏教 [ 日蓮 ]
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五字は即ち本門の教主釈尊なり

  つい先日、「日蓮法華 掲示板」において、【日蓮の曼荼羅の中尊である五字】と【本門の教主釈尊】との関係について、問答迷人さんと議論いたしました。

  その記録をじぶんのホームページにもアップしましたので、ご意見を伺えれば幸いです。

問答迷人さんとの対話
http://fallibilism.web.fc2.com/z025.html
  「法華経は即ち釈迦牟尼仏なり」という「守護国家論」の文は、本尊抄を踏まえて読めば、「五字は即ち本門の教主釈尊なり」ということになるだろうというのが議論の骨組みです。

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  1. 2011/02/11(金) 08:29:55|
  2.   仏教 [ 日蓮 ]
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創価学会教義の形成の試み

leaf秋谷会長への手紙

  わたしは、2001年1月に、当時の創価学会会長・秋谷栄之助氏に対して、以下のような手紙を書いて送ったことがある。

秋谷会長への手紙
http://fallibilism.web.fc2.com/z007.html
  この手紙において、わたしは、創価学会の教義が「未だ近代化されるに至っていない現状」を早々に改善すべきことを訴えたのであるが、残念ながら、ほとんど相手にされなかった。

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  1. 2011/01/23(日) 10:08:00|
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