仏教と批判的合理主義

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『秋元御書』も正しく読みましょう

leaf 『秋元御書』も正しく読みましょう

   そううそさんの記事「日蓮の過激な言動と創価学会教義とその批判」のコメント欄(2007-08-28 22:43:19)の中で、『秋元御書』についての意見を述べました。今回は、それを記事にしておきます。もっとも、意見を述べたといっても、山中さんのすぐれた解釈を紹介しただけなのですが(汗)。

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  1. 2007/09/01(土) 00:36:31|
  2.   仏教 [ 日蓮 ]
  3. | コメント:1

『立正安国論』は正しく読みましょう

leaf 事実のねじまげは許されない

   そううそさんが書かれた「地獄論、罰論、メモ(その1)」という記事では、日蓮の立正安国論の【ある誤読】が擁護されていました。その誤読というのは、【日蓮の立正安国論は「私のいうことを聞いて他宗の人間を殺せ」と主張している】というものです。

  このような誤読については、末木文美士先生の以下の文章を引用しておきさえすれば、誤りに気がついてもらえるだろうと思い、ただちにコメント欄に引用しておきました。

 注目されるのは、これらの法難において、決して日蓮側から暴力をもって攻撃しなかったということである。攻撃を受けたとき、確かに日蓮側も武力をもって防戦したが、日蓮側から仕掛けることはなかった。日蓮の過激な言動を見るとき、これは意外にも見えるが、日蓮は決して暴力主義者ではなかった。確かに本書の第七問答では、殺生をも辞さないという文面が見られるが、その点を問題にした第八問答では、「釈迦以前の仏教では、罪人を斬るけれども、能忍(釈迦)以後の経説では、その人への布施を止める」(二二四)と、釈尊以後の仏教では、悪法に対して布施しない、すなわち、経済面での非協力こそ、悪法廃絶への道であるという信念を明らかにしている。日蓮の過激な言動は、『立正安国論』の上奏をも含めて、いわば敵側を刺激し、その行動を炙り出すアジテーションという戦略的な役割を果しているのである。

(『日蓮入門──現世を撃つ思想』、ちくま新書、2000年、p. 95)

  ところが、そううそさんは、誤りに気づかれるどころか、「日蓮の過激な言動と創価学会教義とその批判」という記事を新たに書かれ、【日蓮の立正安国論は「私のいうことを聞いて他宗の人間を殺せ」と主張している】ということをあらためて強調されました。

  わたしとしましては、このような【事実のねじまげ】を放置することはできません。したがって、その記事のコメント欄に反論(2007-08-26 14:03:29)を投稿いたしました。今回は、それを記事にしておきます。

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  1. 2007/08/26(日) 18:20:32|
  2.   仏教 [ 日蓮 ]
  3. | コメント:0

日蓮の罰論の問題点

leaf 「地獄論、罰論、メモ(その1)」に対するコメント

  そううそさんが書かれた「地獄論、罰論、メモ(その1)」という記事のコメント欄に書いた拙文を記事にしておきます。

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  1. 2007/08/22(水) 18:11:23|
  2.   仏教 [ 日蓮 ]
  3. | コメント:3

日蓮思想の現代的意味Ⅱ

leaf 日蓮思想の現代的意味Ⅱ

  そううそさんのところでの回答が終了いたしました。あちらでの回答は、すでに、「日蓮思想の現代的意味」という記事にまとめてあります。今回は、その続編として、残りの回答を新しく記事にしておきます(ただし、一部省略しています)。
[日蓮思想の現代的意味Ⅱ]の続きを読む

  1. 2007/01/24(水) 16:42:12|
  2.   仏教 [ 日蓮 ]
  3. | コメント:4

日蓮思想の現代的意味

leaf 日蓮思想の現代的意味

  そろそろ新しい記事を書かないとまずいなと思っているのですが、そううそさんのところでの回答がまだ終了していませんので、もうしばらくは無理のようです。そこで、そううそさんのご質問に対してあちらに書かせて頂いたわたしの回答を、苦し紛れに、このブログにもはりつけておくことにいたします(ただし、一部省略しています)。日蓮思想の現代的意味について興味をお持ちの方には、もしかしたら、少しは参考になるかもしれません。

  以下にはりつけるわたしの説明がうまくいっているかどうかは別としまして、日蓮思想の現代的意味についてきちんと説明された方というのは、今までほとんどおられなかったとおもいます。日蓮の思想の骨格を正確に理解したり、また、その現代的な意味を考えたりすることは、わたしには、文献学などよりもよっぽど重要なことのように思えます(もちろん、「文献学は不要である」という意味ではありません)。しかし、残念ながら、そういう発想で研究をされている先生は、あまり多くはないように思います(少なくとも、松戸行雄先生、花野充道先生、伊藤瑞叡先生のお三方はそういう発想をお持ちの先生方だと認識しています)。 [日蓮思想の現代的意味]の続きを読む

  1. 2007/01/13(土) 19:14:47|
  2.   仏教 [ 日蓮 ]
  3. | コメント:0
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