仏教と批判的合理主義

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

『スッタニパータ』の「信仰を捨て去れ」

leaf はじめに

  去年(2006年)の8月、わたしは、わめさんのブログ「釈迦が肯定する信仰」という記事にコメントを書かせて頂き、そのテーマに関して、わめさんと少しだけ議論させて頂きました(その議論は、Leo さんのご厚意により、ここに記録して頂くことができました)。ところが、先日、それとは全く関係のないテーマについて調べものをしていたときに、あのときのわたしの議論(以下では、「先の議論」ということにします)には大きな誤りがあったことに気づくことができました。まずはそのことをお詫びして、訂正させていただきたいとおもいます。


leaf 和訳および原語表記に関する注意
  以下では、『スッタニパータ』の和訳として中村元先生のものを用いることにいたします。Web上で公開されている和訳には、正田大観氏のものがあります。

正田大観訳「スッタニパータ」
http://www.j-theravada.net/sakhi/suttanipata.html

  原語表記については、次のような方針をとることにします。ローマナイズされた原語表記の中には特殊文字(たとえば、āñś など)が含まれますが、この特殊文字の表現方法として、《すべての特殊文字を大文字で表現するKH方式》を用いることにいたします。このKH方式については、対応表HTML形式画像形式)をご覧ください(HTML形式のほうは、環境によっては、文字化けする可能性がありますのでご注意ください)。特殊文字でない場合には、たとえ書名や人名などの頭文字であっても、すべて小文字で表現し、特殊文字だけを大文字で表記することにいたします。以下に引用する他の方の文章(たとえば和訳や注釈など)についても、原語表記の部分はすべて、この方法によって表現しなおしてありますのでご注意下さい。

leaf ヴァッカリとバーヴァリは別人
  わたしは、先の議論では、『スッタニパータ』第1146詩(以下、『スッタニパータ』の各詩節については、単に「第~詩」などと記します)の中に出てくる「ヴァッカリ」という人名を、その経の登場人物の一人であるバーヴァリ(bAvari)をさすものだと勘違いしていました。「ヴァッカリ」という人名が、この経(章)にはただ一度しか出てこないことから、その経の登場人物の一人であるバーヴァリのことなんだろうと、漫然と訳語だけをながめて、安易にそう思い込んでしまったのです。まさかこの人物が、この経ではなく他の経典の登場人物だとは思いもしなかったというわけです。しかし、両者が別人であることは、原語を確認しさえすればすぐに分かることですし(ヴァッカリの原語は vakkali )、ヴァッカリという人はかなり有名な長老のようなので、両者が別人であることには当然気がついてしかるべきでした。まずこの誤りについてお詫びし、両者は別人であると訂正いたします。また、このような勘違いにもとづいて、第1146詩を釈尊の言葉ではなくバーヴァリ(=ヴァッカリ)の発言であると誤解し、それを釈尊の言葉として正しく訳された中村先生の訳を誤訳と断定してしまったことについても深くお詫びして、訂正いたします。

leaf 信仰を捨て去れ」の意味
  第1146詩の「ヴァッカリ」というのは、釈尊に対する信仰心がとても強かったことで有名ヴァッカリ長老のことでした(以下の資料を参照)。

vakkali
http://vipassana.info/va/vakkali.htm

  この事実に注目すれば、第1146詩の「信仰を捨て去れ」の意味がより明らかになります。つまり、あれほどまでに釈尊およびその教えに対する信仰心が強かったヴァッカリ長老を持ち出して、「ヴァッカリが信仰を捨て去ったように、そのように汝もまた信仰を捨て去れ」といわれているわけですから、そこで捨て去れ」といわれている対象の中に《釈尊およびその教えに対する信仰》が含まれていないのは明らかでしょう。したがって、この第1146詩を《釈尊およびその教えに対する信仰までをも含めて、あらゆる信仰について、それを捨て去れといっている》などと解釈するのは誤りなのです。
  もっとも、ヴァッカリ長老という方のことを全く知らない人でも、第5章(これはもともと単独の経として独立していた)の全体の流れを読み取りさえすれば、その流れの中に埋め込まれているこの第1146詩を《釈尊およびその教えに対する信仰までをも含めて、あらゆる信仰について、それを捨て去れといっている》などと解釈するのは誤りであることはおわかりになるでしょう。
  バーヴァリというバラモンに遣わされたその弟子たちが釈尊のところにやってきて、たくさんのやっかいな質問を釈尊に浴びせてみたところ、そのことごとくにすばらしい回答がかえってきたことにとても満足させられ、それまで彼らが持っていた見解(バーヴァリの見解を含む)をすっかり捨てさり、彼らは釈尊に帰依したというのがこの章(経)の全体の流れです(第1124詩~第1130詩を参照してください)。彼らが釈尊に浴びせかけた質問は、どれもかなりの難問だっただろうと想像されます。それらは「疑いをいだきまた言を立てる人々の質問」(第1148詩)だったのですから。

一一四八 神々に関してもよく熟知して、あれこれの一切のことがらを知っておられます。師は、疑いをいだきまた言を立てる人々の質問を解決されます。

(中村元訳『ブッダのことば スッタニパータ』〔岩波文庫〕、岩波書店、1984年、p. 241)

 この章(経)の全体の流れについては、以下の部分からも確認することができるでしょう。

一〇八二 師(ブッダ)は答えた、 「ナンダよ。わたしは『すべての道の人・バラモンたちが生と老衰とに覆われている』と説くのではない。この世において見解や伝承の学問や想定や戒律や誓いをすっかり捨て、また種々のしかたをもすっかり捨てて、妄執をよく究め明して、心に汚れのない人々、──かれらは実に『煩悩の激流を乗り超えた人々である』と、わたしは説くのである。」
一〇八三 「偉大な仙人のこのことばを聞いて、わたくしは歓喜します。ゴータマ(ブッダ)さま。再生の要素のない境地がみごとに説き明かされました。この世において(哲学的)見解や伝承の学問や想定や戒律や誓いをすっかり捨てて、また種々のしかたをすっかり捨てて、妄執をよく究め明かして、心に汚れのない人々、──かれらは実に『煩悩の激流を乗り超えた人々である』と、わたくしもまた説くのであります。」


(中村元訳『ブッダのことば スッタニパータ』〔岩波文庫〕、岩波書店、1984年、p. 228)

  これらの詩ですっかり捨て」られるべきだといわれているのは、釈尊の教えよりも以前に説かれた諸説のことです。それは、第1134詩および第1135詩を参照すれば明らかでしょう。

一一三四 たとえば鳥が疎な林を捨てて果実豊かな林に住みつくように、そのようにわたくしもまた見ることの少い人々を捨てて、白鳥のように大海に到達しました。
一一三五 かつてゴータマ(ブッダ)の教えよりも以前に昔の人々が『以前にはこうだった』『未来にはこうなるであろう』といってわたくしに説き明かしたことは、すべて伝え聞きにすぎません。それはすべて思索の紛糾を増すのみ。


(中村元訳『ブッダのことば スッタニパータ』〔岩波文庫〕、岩波書店、1984年、p. 239)

  第1134詩の「見ることの少い人々」に釈尊が含まれないことは文脈上明らかでしょう。第1145詩をあわせて参照すれば、第1134詩の「大海」が釈尊を指していることはあきらかです。

一一四五 わたくしは汚泥の中に臥してもがきながら、洲から洲へと漂いました。そうしてついに、激流を乗り超えた、汚れのない〈完全にさとった人〉(正覚者)にお会いしたのです。」

(中村元訳『ブッダのことば スッタニパータ』〔岩波文庫〕、岩波書店、1984年、p. 240)

  第1134詩の「見ることの少い人々」とは、「かつてゴータマ(ブッダ)の教えよりも以前に」「『以前にはこうだった』『未来にはこうなるであろう』といってわたくしに説き明かした」「昔の人々」です。したがって、そこには、彼らの師であるところのバーヴァリも含まれるわけです。中村先生もそのように解釈されています。

一一三四 見ることの少い人々──バーヴァリなどを指していう。

(中村元訳『ブッダのことば スッタニパータ』〔岩波文庫〕、岩波書店、1984年、p. 430)

  以上のことから、第1146詩の「信仰を捨て去れ」というフレーズが意味するところは明らかになったとおもいます。その詩のその部分が述べているのは、「ヴェーダ以来の祭祀・教学に対する信仰を捨てよ」(中村前掲書、p. 294)ということであり、そのフレーズは「ヴェーダの宗教や民間の諸宗教の教条(ドグマ)に対する信仰を捨てよ、という意味」(中村前掲書、p. 431)なのです。したがいまして、そのフレーズを《釈尊およびその教えに対する信仰までをも含めて、あらゆる信仰について、それを捨て去れといっている》などと解釈するのは誤りです。

  ピンギヤは、「汝もまた信仰を捨て去れ」(第1146詩)ということばを聞く前に、「信仰が、わたくしを、ゴータマの教えから離れさせません」(第1143詩、中村前掲書、p. 240)といっており、第1146詩を聞いたすぐあとに、「ますます心が澄む(=信ずる)ようになりました」(第1147詩、中村前掲書、p. 241)といっているのですから、ますます」という語を無視することさえなければ、たとえ両者に異なる原語があてられていようとも、第1143詩の「信仰」と第1147詩の「心が澄む(=信ずる)」が、同一の対象に対する同様の《信》をあらわしていることはわかるはずです。ピンギヤは、「ますます心が澄む(=信ずる)ようにな」(第1147詩)った結果、最後に、「わたくしには疑惑がありません。わたくしの心がこのように確信して了解していることを、お認めください。」(第1149詩、中村前掲書、p. 241)といっているのです。にもかかわらず、そのような流れを無視して、「汝もまた信仰を捨て去れ」(第1146詩)という部分だけを切り取って引用し、このフレーズは《釈尊およびその教えに対する崇拝(信仰)までをも含めて、あらゆる信仰について、それを捨て去れといっている》などと主張するとすれば、それは、《釈尊はこのようなことを説いた方であってほしい》という願望・欲望に忠実な行為であるとはいえても、テキストの読解としては失敗だといわざるをえません。すなわち、そのような行為は、経典にかこつけてはいますが、実は、その経典とは全く何の関係もない自分の主張をただ述べてみたにすぎないのです。

leaf 初期経典と初期仏教の距離
  現在われわれが見ている初期経典は、初期仏教(原始仏教)をそのままの形で伝えているわけではません。

現在われわれの見ている阿含経や律蔵は部派仏教時代に固定したものであるが、そのなかから部派的増広や改変を除去して、原始仏教だけをとり出すことは、形式的方法によってはほとんど不可能に近く、ひっきょうは研究者の眼力に依る以外はない。〔中略〕漢訳阿含経はもとより、パーリ語聖典の最古層といえどもアショーカ王以後の発展した段階の特徴を示しているから、原始仏教のなかからゴータマ・ブッダの仏教だけをとり出すこともはなはだ困難である。

(梶山雄一「縁起説論争―死に至る病」、『東洋学術研究』第20巻第1号、1981年、pp. 49-50、http://www.totetu.org/h/pdf/t100_049.pdf

 釈尊がみずから説いた仏教、もしくは少なくとも釈尊をとりまく仏弟子と、さらにそのあとを二代・三代云々と数えて、およそアショーカ王のころまでの仏教を、総じて初期仏教と呼ぶ〔中略〕場合に、そこにおこなわれていたそのままの姿すなわち原型を忠実に伝える資料は現存していない、と断言してさしつかえない。それは失われたのではなくて、伝承の過程に多くの手が加えられて変えられてあり、それらが上述の初期経典を成している。良心的な仏教研究者は、この変形された資料からそれらの古型を求めて精励するけれども、しかしその古型が原型どおりでは決してないということも、深く自覚している。

(三枝充悳「経の定義・成立・教理」、『東洋学術研究』第22巻第1号、1983年、p. 8、http://www.totetu.org/h/pdf/t104_001.pdf

  したがいまして、ある初期経典の思想をとりあげて、それは初期仏教の思想(これは常に仮説の域を出ないわけですが)に反するものであると論じることは可能です。わたしも、そのような試みを大変に有意義な試みだと思います。しかしながら、そのような試みは、その初期経典を正しく読解して、その思想を正しく捉えた上で、それに対する論理的な批判としてなされなければならないでしょう。
  たとえば、中村先生は、初期仏教の思想について、「釈尊の教えは諸の哲学的見解を超越したものなのであ」り、「言わば無立場の立場に立ったのである」という仮説を採用されました(以下の資料を参照)。

仏教解明の方法─中村元説批判(松本史朗)
http://fallibilism.web.fc2.com/082.html

  『スッタニパータ』の第4章にもとづけば、このような中村先生の仮説はたしかに肯定されるのでしょう。しかしながら、中村先生ご自身が「解説」の中で第4章とともに古いといわれている第5章にもとづけば、このような中村説は否定されざるをえないとおもいます。

こういう詩あるいは短い文句の集成がいくつも伝わっているが、『ダンマパダ(法句経)』(岩波文庫『ブッダの真理のことば』)もその一つである。これらの詩あるいは短い文句は大体アショーカ王(西紀前約二六八─二三二年)以前に成立したものである。それらの集成のうちでも『スッタニパータ』は特に古く成立したものであり、それらの第四章(アッタカ・ヴァッガ)と第五章(パーラーヤナ・ヴァッガ)とは最も古く成立したと考えられる。最初のうちはこれらの各章が別々に独立の経典として行われていたが、或る時期に一つの『スッタニパータ』にまとめられたのである。

(中村元訳『ブッダのことば スッタニパータ』〔岩波文庫〕、岩波書店、1984年、p. 435)

leaf 釈尊の見解─「世界を空なりと観ぜよ
  「釈尊の教えは諸の哲学的見解を超越したものなのであ」り、「言わば無立場の立場に立ったのである」という中村先生の仮説がもし正しいとすれば、第5章の「見解をすっかり捨て」(第1082詩)の部分で捨てさられるべきものとされている見解の中には釈尊じしんの見解も含まれるということになるでしょう。
  しかし、「見解をすっかり捨て」(第1082詩)の部分で捨てさられるべきものとされているものの中には釈尊じしんの見解は含まれていません。このことは、第5章のテキストから明らかです。なぜなら、このテキストは、第1082詩よりずっと後のほうで、以下のように語っているからです。

一一一六 モーガラージャさんがたずねた、
「わたくしはかつてシャカ族の方に二度おたずねしましたが、眼ある方(釈尊)はわたくしに説明してくださいませんでした。しかし『神仙(釈尊)は第三回目には説明してくださる』と、わたくしは聞いております。
一一一七 この世の人々も、かの世の人々も、神々と、梵天の世界の者どもも、誉れあるあなたゴータマ(ブッダ)の見解を知ってはいません。
一一一八 このように絶妙な見者におたずねしようとしてここに来ました。どのように世間を観察する人を、死王は見ることがないのですか?」
一一一九 (ブッダが答えた)、
「つねによく気をつけ、自我に固執する見解をうち破って、世界を空なりと観ぜよ。そうすれば死を乗り超えることができるであろう。このように世界を観ずる人を、〈死の王〉は見ることがない。」


(中村元訳『ブッダのことば スッタニパータ』〔岩波文庫〕、岩波書店、1984年、pp. 235-236)

  ここで、モーガラージャが釈尊に「おたずね」しているのは、あきらかに「ゴータマ(ブッダ)の見解」です。その「おたずね」に対して答えたのが第1119詩ですから、第1119詩は釈尊の見解の表明にほかなりません。釈尊は「世界は空である」という見解をそこで明らかにしているのです。「自我に固執する見解」を捨てよといっているのです。すなわち、釈尊は「無立場の立場」になど立っていないのです。

leaf パーリ相応部経典22・87との対応関係
  やや脱線してしまいましたので、話をもとにもどします。実は、第1146詩の「ヴァッカリ」がヴァッカリ長老をさしていると気がついたことにより見えてきたことがもう一つあります。それは、ヴァッカリ長老を主人公とする相応部経典22・87第1142詩および第1144詩との対応関係です。これらの和訳を引用して、以下に並べてみます。

5. 信仰の人ヴァッカリ(vakkali)
  私はこのように聞いている。ある時、世尊は、ラージャガハにあるヴェールヴァナのカランダカニヴァーパに滞在しておられた。そのとき、長老ヴァッカリは、陶工の家に滞在し、病にかかり、苦しみ、重病であった。
  さて長老ヴァッカリは、侍者たちに言った。「友らよ、あなたたちは世尊のおられるところに行ってください。そこに行って、わたしのつぎの言葉をもって、世尊のみ足に頂礼してください。『師よ、比丘ヴァッカリは、病にかかり、苦しみ、重病であります。彼は世尊のみ足に頂礼します』と。そしてつぎのように言ってください。『師よ、どうか世尊は、憐れみをもって、比丘ヴァッカリのもとにお越しくださいますように』と。
「わかりました」と、その比丘たちは長老ヴァッカリに応えて、世尊のもとに行った。そこに行って、世尊に挨拶し、一方の隅に座った。一方の隅に座って、その比丘たちは世尊にこのように言った。「師よ、比丘ヴァッカリは、病にかかり、苦しみ、重病であります。彼は世尊のみ足に頂礼します。そしてこのように言っています。『師よ、どうか、世尊は、憐れみをもって、比丘ヴァッカリのもとにお越しくださいますように』と。」世尊は黙って承知した。
  そこで世尊は、下着をつけて、鉢と上着をとって、長老ヴァッカリのもとに行った。長老ヴァッカリは、世尊が遠くからこちらにやって来られるのを見た。それを見て、床の上に身を起こした。
  そこで世尊は、長老ヴァッカリにこのように言った。「よしなさい、ヴァッカリよ。あなたは床の上に身を起こしてはいけない。ここに用意された座があります。そこにわたしは座ります」と。
  世尊は、用意された座に座った。そこに座って、世尊は長老ヴァッカリにこのように言った。
「ヴァッカリよ、あなたは耐えられますか。気力がありますか。苦しみは減り、増すことはないですか。苦しみはうすらいで、増えてはいないように見えます」と。
「師よ、わたしには耐えられず、気力がありません。わたしの苦しみはかなり増え、減ってはいません。苦しみは増えて、うすらぎはしないように見えます。」
「ヴァッカリよ、あなたに何の悩みも何の悔やまれることもないですか。」
「師よ、わたしには、実際、少なからぬ悩みと少なからぬ悔いがあります。」
「ではヴァッカリよ、自らの戒について、あなたを責めるものはいないだろうね。」
「師よ、自らの戒について、誰もわたしを責めるものはいません。」
「ヴァッカリよ、もし自らの戒について誰もあなたを責めることがないならば、それならばあなたにどんな悩みや悔いがあるのですか。」
「師よ、わたしは久しく世尊を拝見したくおそばに参ろうと望んでいます。しかし、わたしが世尊を拝見するためにおそばに参りますだけのそれだけの力が、わたしの身体にはありません。」 「よしなさい、ヴァッカリ。あなたがこの腐っていく身体を見たからといって何になろうか。
ヴァッカリよ、法を見るものがわたしを見るのです。わたしを見るものは法を見るのです。実に、ヴァッカリよ、法を見るものはわたしを見、わたしを見るものは法を見るのです。(法を見るものは仏を見、仏を見るものは法を見る。)」
    dhammaM hi vakkali passanto maM passati, maM passanto dhammam passati.
(相応部経典 22.87 vakkali)



(宮下晴輝「大乗仏教概説、参考資料:仏弟子の信仰」、pp. 2-3、http://www.abhidharma.info/GV/note/buddhist-faith.pdf

一一四二 バラモンさま。わたくしは怠ることなく、昼夜に、心の眼を以てかれを見ています。かれを礼拝しながら夜を過しています。ですから、わたくしはかれから離れて住んでいるのではないと思います。

〔中略〕

一一四四 わたくしは、もう老いて、気力も衰えました。ですから、わが身はかしこにおもむくことはできません。しかし想いを馳せて常におもむくのです。バラモンさま。わたくしの心は、かれと結びついているのです。

〔中略〕

一一四六 (師ブッダが現われていった)、「ヴァッカリやバドラーヴダやアーラヴィ・ゴータマが信仰を捨て去ったように、そのように汝もまた信仰を捨て去れ。そなたは死の領域の彼岸に至るであろう。ピンギヤよ。」

(中村元訳『ブッダのことば スッタニパータ』〔岩波文庫〕、岩波書店、1984年、pp. 240-241)

leaf 心の眼を以てブッダを見たピンギヤ
  このようにならべてみますと、第1142詩と第1144詩が相応部経典22・87を受けたものであることは明らかでしょう。第1142の「心の眼を以てかれを見ています」や、第1144の「わたくしの心は、かれと結びついている」が、相応部経典22・87の「法を見るものがわたしを見る」にぴったりと対応していることがよくわかります。先の議論でも、わたしは、「ピンギヤのこの発言〔第1144〕は、シャカの言葉でいえば、『法を見る者は、われを見る』ということです」と主張したのですが、今回、その主張が多少なりとも補強されたことになるとおもいます。ちなみに、前回の議論でも紹介しましたように、「法を見るものがわたしを見る」というフレーズは小部経典の『如是語経(itivuttaka)』の第92経などにも出ています(以下の資料を参照されてください)。

「法を見ざる者はわたしを見ない」(増谷文雄)
http://fallibilism.web.fc2.com/085.html

  以上から、第1146詩は、《ピンギヤの心の眼にうつったブッダ》が発したことばだということがわかります。ブッダは空間的にはピンギヤから遠くはなれた場所におられるわけですが、信仰によって、「ゴータマの教えから離れないピンギヤ(第1143詩、中村前掲書、p. 240、強調は引用者)には、たとえその「身はかしこにおもむくことはでき」(第1144詩)ずとも、「法を見るものがわたしを見る」(相応部経典22・87)がゆえに、「心の眼を以てかれを見」(第1142詩)ることができたのです。

leaf ヴァッカリの自殺
  上に引用した相応部経典22・87には続きがあります。ヴァッカリは自殺してしまいました(続きが気になる方は、以下の英訳の「21. 2. 4. 5.」をご覧ください)。

saMyutta nikAya 21, 2-4
http://www.metta.lk/tipitaka/2Sutta-Pitaka/3Samyutta-Nikaya/Samyutta3/21-Khandha-Samyutta/02-04-Theravaggo-e.html〔07.09.12 リンク切れのため URL を以下のように訂正〕
http://www.mettanet.org/tipitaka/2Sutta-Pitaka/3Samyutta-Nikaya/Samyutta3/21-Khandha-Samyutta/02-04-Theravaggo-e.html

  この経典は、最初から最後まで、ヴァッカリの釈尊に対する崇拝の念、釈尊によって説かれた教えへの信頼の念であふれています。この経を読めば、第1146詩で述べられている「信仰を捨て去れ」というフレーズを《釈尊およびその教えに対する崇拝(信頼)の念を含む、すべての信仰を捨て去れ》という意味に解釈することがいかに無理であるかがよくわかるでしょう。

leaf 梵天勧請の「信仰を捨てよ
  先の議論では、梵天勧請の話に出てくる「信仰を捨てよ」というフレーズについても触れました。このフレーズを《釈尊およびその教えに対する崇拝(信仰)までをも含めて、あらゆる信仰について、それを捨て去れといっている》などと解釈するのも誤りです。それは、実際に、そのフレーズが埋め込まれている文脈を確認しさえすればわかります。先の議論では、パーリ律蔵『大品』を読んで確認することをお勧めいたしましたが、むしろ、パーリ相応部経典6・1・1(中村元訳『ブッダ 悪魔との対話 サンユッタ・ニカーヤⅡ』〔岩波文庫〕、岩波書店、1986年、pp.83-87)の方が和訳を入手しやすく、便利だとおもいます。その中村先生の訳では、正しく「(おのが)信仰を捨てよ」と訳されています(p. 87、強調は引用者)。増谷文雄先生が同じ部分を「ふるき信を去れ」と訳されていることは先の議論で紹介したとおりですし、別の本では、「先入の見をすてるがよい」(増谷文雄『仏陀 その生涯と思想』〔角川選書─18〕、角川書店、1969年、p. 77)と訳されています。

  梵天勧請の「信仰を捨てよ」というフレーズを《釈尊やその教えに対する崇拝(信仰)までをも含めて、あらゆる信仰について、すべてそのようなものは捨て去れといっている》と解釈されたい方は、ぜひ、増谷先生の訳が誤訳であることを、きちんと具体的に理由を示して論じてほしいとおもいます。

  そもそも、釈尊は、みずから、「法を崇拝する」といっています。もう少し正確にいいますと、漢訳『雑阿含経』において、「我れ当に彼れ〔正法〕に於いて恭敬し、宗重し、奉事し、供養し、彼れ〔正法〕に依りて而かも住すべし」(大正蔵第2巻、p. 321c)といっています。それに対応するパーリ相応部経典6・1・2(梵天勧請のすぐ次の節)の和訳は以下のとおりです。

二 そのとき尊師は、ひとり隠れて、静かに瞑想に耽っておられたが、心のうちにこのような考えが起こった。──「他人を尊敬することなく、長上に柔順でなく暮らすことは、やり切れないことである。わたしは、いかなる〈道の人〉またはバラモンを尊び、重んじ、たよって生活したらよいのだろうか?」と。

三 そのとき尊師は次のように思った、──「まだ完全に実践していない戒めの体系を完全に実践するために、わたしは他の〈道の人〉あるいはバラモンを尊び、重んじ、たよって生活したいものである。しかしわたしは、神々や悪魔や梵天を含めての全世界のうちで、〈道の人〉やバラモンや神々や人間を含めての生きもののうちで、わたしよりも以上に戒めを達成し実践している人なるものを見ない。──わたしは、その人をこそ尊び敬いたよって生活したいのであるが。

(中村元 訳『ブッダ 悪魔との対話 サンユッタ・ニカーヤⅡ』〔岩波文庫〕、岩波書店、1986年、pp.87-88)

七 まだ完全に体得していない〈われは解脱したと確かめる自覚(智慧と直観)〉の体系を完全に体得するために、わたしは他の〈道の人〉あるいはバラモンを尊び、重んじ、たよって生活したいものである。しかしわたしは、神々や悪魔や梵天を含めての全世界のうちで、〈道の人〉やバラモンや神々や人間を含めての生きもののうちで、わたしよりも以上に〈われは解脱したと確かめる自覚〉を達成している人なるものを見ない。──わたしは、その人をこそ尊び敬いたよって生活したいのであるが。

八 むしろ、わたしは、わたしがさとったこの理法を尊び、敬い、たよって暮らしたらどうだろう。」

九 そのとき世界の主・梵天は、尊師が心の中で考えておられることを知って、譬えば力のある男が、屈した腕を伸ばし、あるいは伸ばした腕を屈するように、梵天界のうちから姿を隠し、尊師の前に現われ出た。

一〇 さて世界の主・梵天は、一方の肩に上衣をかけて、尊師に向って合掌し、尊師に向って次のように言った、──

一一 「尊いお方さま! そのとおりでございます。そのとおりでございます。過去にさとりを開き、敬わるべき人々であった尊師らも、真理を尊び、重んじ、たよっておられました。未来にさとりを開き、敬わるべき人々である尊師らも、真理を尊び、重んじ、たよられることでしょう。また現在さとりを開き、敬わるべき人(単数)である尊師も、真理を尊び、重んじ、たよるようにしてくださいませ。」

(同上、pp.88-89)

  このようにおっしゃる方が、他人に向って「何も崇拝するな」というはずはないとおもいます。

leaf バドラーヴダが信仰を捨て去ったように」(第1146詩)という句の意図
  「バドラーヴダが信仰を捨て去ったように」(第1146詩)という句は、バドラーヴダの発言である第1102詩を参照せしめて、《シャカの教えを聞きにくる人は、シャカの言葉を聞いて、従来の考えを捨てて(信仰を捨て去って)、シャカの見解に納得して帰っていく》ということを想起せしめようとしているのかもしれません。

一一〇二 健き人よ。あなたのおことばを聞こうと希望して、多勢の人々が諸地方から集まってきましたが、竜(ブッダ)のおことばを聞いて、人々はここから立ち去るでしょう。かれらのために善く説明してやってください。あなたはこの理法をあるがままに知っておられるのですから。」

(中村元訳『ブッダのことば スッタニパータ』〔岩波文庫〕、岩波書店、1984年、pp. 232-233)

leaf 黒竜王ゴータマカ
  次は、第1146詩に出てくる「アーラヴィ・ゴータマ」の正体について考えてみたいとおもいます。
  ここでは、「アーラヴィ・ゴータマが信仰を捨て去ったように」(第1146詩)の「アーラヴィ(ALavi)」は地名であると仮定しておきます(仮説A)。地名のアーラヴィについては以下を参照されて下さい。

Alavi
http://www.metta.lk/pali-utils/Pali-Proper-Names/aalavii.htm〔07.09.12 リンク切れのため URL を以下のように訂正〕
http://www.mettanet.org/pali-utils/Pali-Proper-Names/aalavii.htm

  仮説Aを採用すれば、「アーラヴィ・ゴータマ」は釈尊のことではないということになるでしょう。釈尊が、自分の名前に地名を冠して、自分のことを「アーラヴィ・ゴータマ」と言うとは考えにくいからです。とすれば、「アーラヴィ・ゴータマ」というのは、アーラヴィという土地にちなんだ、釈尊以外の誰かということになるでしょう。そこで、アーラヴィという土地にちなんだ名前で、かつ、「ゴータマ」と原語表記が似ているものをいろいろ探してみました。
  すると、「ゴータマカ(gotamaka)」という名前の竜の存在が浮かび上がってきました(相応部経典8・1に対する中村先生の注釈中の以下の文章を参照しました)。

アーラヴィー邑には多数のチェーティヤ(霊域)があったが、アッガーラヴァが最上のチェーティヤ(aggacetiya)であった。「仏がまだ現われていなかった時には、アッガーラヴァ、ゴータマカなどのチェーティヤ、すなわちヤッカ、竜などの宮殿が存在していた。ブッダが現われたときに、人々がそれらを除去して、精舎をつくった。そこでそれらの名がそれらの〔チェーティヤ〕に付けられたのである」(spk. p. 268)。

(中村元訳『ブッダ 悪魔との対話 サンユッタ・ニカーヤⅡ』〔岩波文庫〕、岩波書店、1986年、p. 372)

  「Buddhist Dictionary」では、ゴータマカは夜叉(yakkha)となっていますが、中村先生が引用されている注釈(spk.)を素直に読めば、ゴータマカは竜であるように思えますので、ここでは、ゴータマカは夜叉ではなく竜であると仮定しておきます(仮説B)。ちなみに、パーリ増支部経典のある経には、kaNhAgotamakaという蛇(=竜)の王が出てきます(http://www.metta.lk/tipitaka/2Sutta-Pitaka/4Anguttara-Nikaya/Anguttara2/4-catukkanipata/007-pattakammavaggo-p.html〔07.09.12 リンク切れのため URL を次のように訂正 http://www.mettanet.org/tipitaka/2Sutta-Pitaka/4Anguttara-Nikaya/Anguttara2/4-catukkanipata/007-pattakammavaggo-p.html〕)。これがゴータマカと同じものをさすのだとすると、ゴータマカは黒い竜なのでしょう(kaNhaは「黒色の」という意味です)。
  しかし、語学的に見て、「アーラヴィ・ゴータマ」がもともとは「アーラヴィ・ゴータマカ」であったという可能性はどれくらいあるのでしょうか。ここでは、その可能性がそれなりにありえると仮定しておきます(仮説C)。もっとも、わたしには語学的な知識などは皆無ですから、根拠は全くありません。
  これまでの仮説A~Cがすべて当たっていたとしても、なぜ、第1146詩にその竜の名前が出てくるのかを合理的に説明できる必要があるとおもいます。もしかしたら、第1章(蛇の章)の第10「アーラヴァカという神霊」や第2章(小なる章)の第5「スーチローマ」に似たような経(たとえば「黒竜王ゴータマカ」のようなタイトルの経)があって、その中では、アーラヴァカの場合(第190詩~第192詩を参照)と同じように、ゴータマカが釈尊に帰依する具体的な場面が描かれていたのかもしれません(仮説D)。もしそうだとすれば、第1146詩にゴータマカが出てくる理由も説明できるとおもいます。すなわち、《人間以外の存在で、釈尊と出会ってそれまでの信仰を捨てて釈尊に帰依したもの》の一例としてゴータマカが挙げられている、という説明がなりたつとおもいます。
  以上、推理小説を読む感覚(遊び感覚)で、「アーラヴィ・ゴータマ」の正体についての仮説をたててみました。

leaf 仏教の信仰とは──おわりにかえて
  今回の記事では、『スッタニパータ』第5章の「信仰を捨て去れ」(第1146詩)というフレーズの意味について考えてみました。このフレーズには、《釈尊やその教えに対する崇拝(信仰)までをも含めて、あらゆる対象についての信仰を捨て去れ》というようなメッセージなどこめらていません。このフレーズの意味するところは、ようするに、《既存の宗教を捨て去れ》ということです。

  「信仰が確立していることは楽しい」というのが初期仏教の立場です(第186詩および『ダンマパダ』第333詩を参照)。

一八六 〔師いわく、──〕「諸々の尊敬さるべき人が安らぎを得る理法を信じ、精励し、聡明であって、教えを聞こうと熱望するならば、ついに智慧を得る。

(中村元訳『ブッダのことば スッタニパータ』〔岩波文庫〕、岩波書店、1984年、p. 44)

三三三 老いた日に至るまで戒しめをたもつことは楽しい。信仰が確立していることは楽しい。明らかな智慧を体得することは楽しい。もろもろの悪事をなさないことは楽しい。

(中村元訳『ブッダの真理のことば 感興のことば』〔岩波文庫〕、岩波書店、1978年、p. 57)

  中村先生も、この『ダンマパダ』第333詩を注釈して以下のようにいわれています。

信仰――saddhA. 漢訳『法句経』に「信正」とあるように、正しいことを信ずるのである。これが仏教における「信」の特質である。

(同上、p. 133)

  仏教の信仰とは、釈尊によって語られた「正しい理(ことわり)」に感動し、疑惑がなくなり、「動揺することのない境地」にいたる(確信する)ということだとおもいます。

四五〇 立派な人々は説いた──〔〕最上の善いことばを語れ。(これが第一である。)〔〕正しい理を語れ、理に反することを語るな。これが第二である。〔〕好ましいことばを語れ。好ましからぬことばを語るな。これが第三である。〔〕真実を語れ。偽りを語るな。これが第四である。

(中村元訳『ブッダのことば スッタニパータ』〔岩波文庫〕、岩波書店、1984年、p. 91、強調は引用者)
一一四三 信仰と、喜びと、意と、念いとが、わたくしを、ゴータマの教えから離れさせません。どちらの方角でも、智慧豊かな方のおもむかれる方角に、わたくしは傾くのです。

〔中略〕

一一四七 (ピンギヤはいった)、「わたくしは聖者のおことばを聞いて、ますます心が澄む(=信ずる)ようになりました。さとった人は、煩悩の覆いを開き、心の荒みなく、明察のあられる方です。

〔中略〕

一一四九 どこにも譬うべきものなく、奪い去られず、動揺することのない境地に、わたくしは確かにおもむくことでしょう。このことについて、わたくしには疑惑がありません。わたくしの心がこのように確信して了解していることを、お認めください。」

(中村元訳『ブッダのことば スッタニパータ』〔岩波文庫〕、岩波書店、1984年、pp. 240-241)

  このように「確信する」ためには、「自己の体験を通しての納得」が必要でしょう。

わたしどもは、釈尊が貪と瞋と痴の三つをあげて、それらがわたしどもの正しき知慧のはたらきをおおい妨げている三つの主要なる悪徳であると、つねに説き誡めていたことをよく知っている。そのことはよく知っているけれども、それらの教誡のもつ真の重さを、わたしどもは果たして、ほんとうに了解しているであろうか。ことばを知り、名目を知ることだけにとどまってはいないか。ほんとうに了解するということは、自己の体験を通しての納得でなければならぬという。そのような納得を、わたしどもは、貪につき、瞋につき、また痴について、充分になし得ているであろうか。

(増谷文雄『仏陀 その生涯と思想』〔角川選書─18〕、角川書店、1969年、pp. 197-198)

  釈尊から正しい教えを聞き、「自己の体験を通しての納得」を「充分になし得て」、「動揺することのない境地」にいたることができた人は、釈尊を指さして「この人を見よ」というのでしょう(「法を見るものがわたしを見る」)。これこそが仏教の信仰だとわたしはおもいます。

  この人を見よとわたしはいう。なんとなれば、ここにわたしどもが考えうるかぎりの、最高の人間像があるからである。
  人間ははたして、どこまで高まることができるか。そのような問いは、現在のわたしどもにとっては、おこがましく、また愚かしいものと思われる。貧苦と悪徳と、放逸と独善とのなかに、いまわたしどもはしずみきっている。薄倖と汚穢と非情とが、いまわたしどもを幾重にもおおいつつんでいる。このような「悪しき代」のただ中におかれては、高まるどころか、いかにすればより深くしずみゆくことを止めうるかが、せいいっぱいのわたしどもの課題でありうるのではないか。かくて、転落が、あるいは絶望が、わたしどもの魂をさいなむ課題として、わたしどもをとらえる。だが、そのような時にも、なおわたしどもを絶望の暗闇から救いだして、人間向上の一路に指向せしめる一個の人間像がある。その人を、わたしどもは釈尊──サキャ(釈迦)族より出でたる聖者──と呼びならしている。
  
〔中略〕釈尊と称せられた人が、以前この世に住んでいて、仏陀といわれる人間のあり方にまで到達したということほど、わたしどもにとって感銘ふかいことはない。わたしどもは、そのことをいくたび想いおこしてもなお足りない。なんとなれば、わたしどもは、この人の存在を想いおこしては勇気づけられ、この人の行履を思い浮かべては道を教えられ、また、この人の到達した人間のあり方の高さを仰いだとき、はじめて、「人間ははたしてどこまで向上することができるか」との問いに答えうる根拠をあたえられるのである。

(増谷文雄『仏陀 その生涯と思想』〔角川選書─18〕、角川書店、1969年、pp. 7-8)

スポンサーサイト
  1. 2007/02/11(日) 02:05:38|
  2. 仏教 [ 一般 ]
  3. | コメント:8
<<釈尊は「まじない信仰」を否定 | ホーム | 日蓮思想の現代的意味Ⅱ>>

コメント

ヴァッカリの信仰について

ゴータマの教えを出来るだけ原点に立って読み、必要であれば実践したいと思っている者です。ヴァッカリの信仰についてですが、私はヴァッカリが高齢になるまで外道に浸っていたため、ゴータマに師事してからも、長年の悪習が抜けきらず、ゴータマ(の教えではなく、神のようなものとしてゴータマ)を信仰していたと考えます。Sn1142-1144から読めるのは、ヴァッカリがゴータマの教えを「実践していない」ということではないでしょうか。教えでなくゴータマというものを信仰していることを暗示しているように読めませんか。しかし、高齢であったため、病に倒れ、不安に駆られますますゴータマに依存します(信仰に落ち込む)。とうとうゴータマに会って何とかしてもらおうとします。ゴータマはヴァッカリの問題点を見抜き、お前は信仰に頼りすぎている。ゴータマの物でないゴータマの身体を見てどうする。迷妄の巣窟(ゴータマという身体)に対する信仰を捨てなさい、とさとしたのではないでしょうか。ヴァッカリよ、あなたは間違ったものに依存しようとしている。身体ではなく、教えを見なさい、と。ヴァッカリはこの言葉でさとりを開けたのではないかと想像します(Sn1149)。さとりを開けば、自分でない五蘊の身体に未練はない。自殺しても不思議でない。私は、ヴァッカリが自殺した経緯とそれにたいするゴータマの対応が経典にあるなら知りたいですね。なお、テーラガーター350-354にもヴァッカリが登場します。352では、実践するヴァッカリが、354ではちょっと頼りないヴァッカリがあります。同一人物のようでもあり、違うようでもあり、読みきれません。これからもよろしくお願いします。
  1. 2007/09/11(火) 22:45:13 |
  2. URL |
  3. prajunya777 #-
  4. [ 編集]

prajunya777さんへ

 prajunya777さん、はじめまして。こんばんは。

 コメントありがとうございました。


1.「Sn1142-1144」はピンギヤの言葉
 「Sn1142-1144から読めるのは、ヴァッカリがゴータマの教えを『実践していない』ということではないでしょうか」とのことですが、「Sn1142-1144」はピンギヤの言葉です。


2.ピンギヤはゴータマの教えを実践している
 ゴータマの「法を見る者は、われを見る」という教えをピンギヤが実践しているのが「Sn1142-1144」であるとわたしは読みます。このことは、記事の中で引用しておいた「相応部経典 22.87」と「Sn1142-1144」をよく読みくらべてみればお分かりになるでしょう。もしお分かりにならない場合には、「法を見る者は、われを見る」というゴータマの教えをよく復習されるとよいとおもいます(以下の資料を参照)。

  「法を見ざる者はわたしを見ない」(増谷文雄)
  http://fallibilism.web.fc2.com/085.html
  

3.「さとりを開けば、自分でない五蘊の身体に未練はない」?
 「さとりを開けば、自分でない五蘊の身体に未練はない」というお考えは、ゴータマの教えではないとわたしはおもいます。

 そもそも「さとりを開」くということは、ある時点で完了してしまうようなものではないとおもいます。「ニルヴァーナというものは、固定した境地ではなくて、〈動くもの〉である」(中村元訳『ブッダのことば スッタニパータ』〔岩波文庫〕、岩波書店、1984年、p. 420)という中村元先生の見解に賛成です(以下の拙文を参照)。

  煩悩と涅槃 小論《『ゴータマ・ブッダ考』を読んで》を読んで 他 2007,8,20,
  http://www.dia.janis.or.jp/~soga/excha317.html

 「ニルヴァーナ」とは「たえざる否定と二重否定とのうちに、どこまでも上昇し、あるいは深化する」「一種の立体的な螺旋」のプロセスに入ることであるという三枝充悳先生の見解にも賛成です(以下の資料を参照)。

  生き続ける「形のない釈尊」(三枝充悳)
  http://fallibilism.web.fc2.com/020.html

 たとえ、自分じしんは、ニルヴァーナのプロセスに入ることができ、煩悩の激流を渡ることができるようになったとしても、他の人をニルヴァーナのプロセスに導いていくためには「身体」が必要です。

 自分さえ苦から脱することができればそれで「なすべきことは終わった」とするような考え方は、【部派仏教の教え】ではあっても(以下の資料を参照)、【ゴータマの教え】ではないとおもいます。

  大小乗の意味(平川彰)
  http://fallibilism.web.fc2.com/133.html

 もっとも、深刻な身体的な問題により、他の人をニルヴァーナのプロセスに導いていくことすら、もはや不可能になったような場合には、「身体に未練はない」といいうるのかもしれません。


4.パーリ相応部経典22・87
 「ヴァッカリが自殺した経緯とそれにたいするゴータマの対応が経典にあるなら知りたいですね」とのことですが、それは、【相応部経典22・87以外で】ということでしょうか。

 ちなみに、「相応部経典22・87」は、南伝大蔵経では、『第14巻 相応部経典三』に収録されているようです。

 記事の中では、英訳を紹介しておきましたが、URLが変更されているのに気がついたので修正しておきました。

 片山一良先生による相応部の全訳(定本はビルマ第6結集本)は、大蔵出版から「2008年 秋より刊行予定」のようです。
  1. 2007/09/12(水) 19:04:22 |
  2. URL |
  3. Libra #cNf7QC.Q
  4. [ 編集]

信仰とさとりと身体

今日は。まず、はじめに確認させていただきます。前回も明言しておきましたが、現在の私はゴータマ・ブッダ当時の仏教に焦点を絞って勉強しています。自分では仏教原理主義者などと名乗っています。ゴータマ・ブッダの説いた仏教以外は、その変容したもの、すなわち、非ゴータマ・ブッダ仏教と仮定しています。極端な言い方をすれば、仏教という名を冠することに反対です。別な思想として名乗りをするべきだと考えています。同じ法華経を奉ずると称する人たちが、いがみ合うほどに対立していますね。これは、それぞれが同じ思想ではないと自覚しているからでしょう。本題に入ります。①ヴァッカリとピンギヤについて---実は、コメントを投稿してから気づきました。しかし、私はこの混同はそれほど「信仰を捨てよ」の議論では問題ないと思います。(相応部経典 22.87 vakkali)は、パーリ語が読めず、漢訳経典もほとんど読めない私には初めて読む貴重なテキストでした。有り難うございます。さて、この相応部のヴァッカリは、明らかにさとり・解脱に至っていません。Sn1138-1145で描かれるピンギヤと同じ境地にいます。つまり、ヴァッカリとピンギヤは同一人物としていいほど修行者としては同一の地点にいるのです。ピンギヤについていえば、ピンギヤがゴータマの教えを信じ、修行をしているのであれば、ゴータマの傍にいつもいる必要などありません。ヴァッカリについていえば、ゴータマの教えに基づいて修行をしていれば、たとえ死の床にあっても、ゴータマに会わなければならない理由がありません。自らさとるものなのですから。また、二人とも、さとり・解脱の境地に至っていれば、これまた、ゴータマに会わなければならないいわれはありません。ピンギヤもヴァッカリも、ゴータマへの信仰に依存し、ゴータマの教えに目覚め・修行によって至るべき境地に至る修行に目覚めていないのです。いわば、ゴータマを彼岸への筏と見、その筏にしがみついているのです。筏は方便であり、彼岸(比喩としての)に至れば、筏は捨てられるのです。もし、筏にしがみついたり、筏を担いだりしているのなら、彼岸には至れないでしょう。じつは、スッタニパータのSn1145までと、Sn1146以後との間の連関がいまいちピント来なかったのですが、あなたの議論を読んでいて、分かったのです。相応部のヴァッカリの記述がものすごく参考になりました。ゴータマが信仰を善しとしたのは、在家信者に対してだったと思います。出家修行者は、信仰より大事なことがあります。ゴータマの指導に従い、自らさとり・解脱の境地に至ることです。②法を見るピンギヤについて---Sn1142「かれを礼拝しながら夜を過ごしています」、Sn1144「わたくしの心は、かれと結びついているのです」。これらの言葉は、在家の信仰のあり方なのではないでしょうか。しかし、ピンギヤは、Sn1120、1122で、「どうしたらこの世において生と老衰とを捨て去ることができるか、そのことわりを説いてください。」と問い、ゴータマの答えを貰ってもなお、「この世において生と老衰とを捨て去ることを」教えてくれと同じことを二度も頼んでいます。ピンギヤは在家的な実践を目指していたのではないと思います。このくだりは、経典のレトリックとも考えられますが、ピンギヤがゴータマの教えを本当には理解できていなかったことを示すのではないかとも考えられると思います。結論ですが、在家には信仰が、出家修行者には、さとり・解脱の境地を目指す修行・実践が求められるのではないでしょうか。ゴータマの仏教(原理主義仏教)の目的は、修行によって自らさとり・解脱を証し、涅槃に至ることです。ただし、あなたは、阿羅漢の死後世界を期待しておられるような気がしますので、私のこの議論は受け入れ難いでしょう。
もし、お時間があれば、prajunya777のブログの最近の記事、「「さとり」~現代人にそっぽを向かれたもの」シリーズをお読みください。URLは、http://blogs.yahoo.co.jp/prajunya777/MYBLOG/yblog.html?m=lc&p=5
です。このコメントへのご返信をお待ちします。
  1. 2007/09/13(木) 15:21:40 |
  2. URL |
  3. prajunya777 #-
  4. [ 編集]

「信仰とさとりと身体」に対するコメント

 prajunya777さん、こんばんは。


1.「ゴータマ・ブッダの説いた仏教」をとり出すことの困難性
 prajunya777さんのお考えが「ゴータマ・ブッダの説いた仏教」とぴったり一致するということは証明不可能でしょう。もちろん、わたしのゴータマ理解についても同じことがいえるでしょう。

────────────────────
 釈尊がみずから説いた仏教、もしくは少なくとも釈尊をとりまく仏弟子と、さらにそのあとを二代・三代云々と数えて、およそアショーカ王のころまでの仏教を、総じて初期仏教と呼ぶ〔中略〕場合に、そこにおこなわれていたそのままの姿すなわち原型を忠実に伝える資料は現存していない、と断言してさしつかえない。それは失われたのではなくて、伝承の過程に多くの手が加えられて変えられてあり、それらが上述の初期経典を成している。良心的な仏教研究者は、この変形された資料からそれらの古型を求めて精励するけれども、しかしその古型が原型どおりでは決してないということも、深く自覚している。

(三枝充悳「経の定義・成立・教理」、『東洋学術研究』第22巻第1号、1983年、p. 8、http://www.totetu.org/h/pdf/t104_001.pdf
────────────────────

────────────────────
現在われわれの見ている阿含経や律蔵は部派仏教時代に固定したものであるが、そのなかから部派的増広や改変を除去して、原始仏教だけをとり出すことは、形式的方法によってはほとんど不可能に近く、ひっきょうは研究者の眼力に依る以外はない。〔中略〕漢訳阿含経はもとより、パーリ語聖典の最古層といえどもアショーカ王以後の発展した段階の特徴を示しているから、原始仏教のなかからゴータマ・ブッダの仏教だけをとり出すこともはなはだ困難である。

(梶山雄一「縁起説論争―死に至る病」、『東洋学術研究』第20巻第1号、1981年、pp. 49-50、http://www.totetu.org/h/pdf/t100_049.pdf
────────────────────


2.ピンギヤはゴータマの教えを実践している
 この件につきましてはすでにコメントいたしました。あと、わたしが引用した宮下晴輝先生の和訳は「相応部経典 22.87」の全文ではありません。続きがあります。ぜひ全文をご覧になってください(南伝大蔵経は大きな図書館に行けばあるでしょう)。

 そして、そこに説かれている「法を見る者は、われを見る」という教えをよく復習されるとよいとおもいます。この「法を見る者は、われを見る」という教えは、小部経典『如是語経(itivuttaka)』の第92経などに詳しく説かれています(この経は以下の資料にも引用されているので参照されて下さい)。ちなみに、『如是語経』は、南伝大蔵経では、『第23巻 小部経典一』に収録されているようです。

  「法を見ざる者はわたしを見ない」(増谷文雄)
  http://fallibilism.web.fc2.com/085.html

 prajunya777さんがおっしゃるように、物理的には、「ゴータマの傍にいつもいる必要などありません」。ピンギヤは、そのことを十分に理解しています。だから、ピンギヤも、「わが身はかしこにおもむくことはできません」(第1144詩)といっているのです。しかし、「信仰(saddhA)」によって「ゴータマの教えから離れ」(第1143詩)ないピンギヤは、「想いを馳せて常におもむく」(第1144詩)ことができるのです。「法を見る者は、われを見る」という教えをよく復習されたうえで、ピンギヤの発言をもう一度よく読まれることをおすすめいたします。


3.ゴータマは在家を差別したか?
 たしかに、初期経典には、在家を差別するかのような記述がありますが、それはゴータマの教えではないとわたしは考えています。

 また、「道理を信ずる」という意味での「信仰(saddhA)」をゴータマは否定していないとおもいます(在家・出家の差別なく)。ゴータマじしんが「わたくしには信仰(saddhA)がある」(『スッタニパータ』第432詩)といっていたとわたしは考えます。

○スッタニパータ第432詩
───────────────
四三二 わたくしには信念があり、努力があり、また智慧がある。このように専心しているわたくしに、汝はどうして生命をたもつことを尋ねるのか?

(中村元訳『ブッダのことば スッタニパータ』〔岩波文庫〕、岩波書店、1984年、p. 88)
───────────────

○中村元先生の訳注
───────────────
四三二 信念──saddhA. 狂熱的な信仰ではなく、道理を信ずることである。

(同上、p. 337)
───────────────


4.「阿羅漢の死後世界」などは全く期待していません
 わたしは、そもそも輪廻転生説を否定していますので(以下の拙文を参照)、「阿羅漢の死後世界」などは全く期待していません。

  輪廻説は仏教ではない
  http://fallibilism.web.fc2.com/z006.html

 ですが、わたしは、「Sn1142-1144」のピンギヤは「法を見る者は、われを見る」というゴータマの教えを実践しているとおもいますし、ゴータマじしんが「信仰(saddhA)」を肯定的に説いていたと考えます。


5.涅槃についてはすでに述べました
 「涅槃(ニルヴァーナ)」につきましては、すでに前回コメントしておりますので今回は省略いたします。
  1. 2007/09/13(木) 18:35:43 |
  2. URL |
  3. Libra #cNf7QC.Q
  4. [ 編集]

1~5について

さっそくのご返信有り難う。まず、4の阿羅漢の死後世界について。勝手に決め付けて申し訳ない。撤回します。1について。アーガマの記述がゴータマの教えそのものかどうか確定しようがないということは承知の上です。いわば、私なりに納得できるまでやるつもりなのです。そう理解してください。読み込んでいけば、ゴータマの教えに限り無く近づけるのではないかと期待しているのです。もしこれが不可能であるなら、仏教に期待するものがなくなります。これからの時代、仏教から学べるのは、アーガマの中に見出せるゴータマの考え方(思考法)そのものだと思います。2について。正田大観師が訳されたイッティヴッタカ92です。「92
また、もし、欲求〔の思い〕が大きく、あるいは、悩み苦しみ、結縛ある者として〔世に〕存するなら、動揺〔の思い〕に従う者が動揺なき者にたいし〔どれだけ遠く離れているかを〕、涅槃に到達しない者が涅槃に到達した者にたいし〔どれだけ遠く離れているかを〕、貪欲ある彼が貪欲を離れた者にたいしどれだけ遠く離れているかを、見よ。
 しかしながら、法(真理)を証知し、法(真理)を了知して、賢者は、湖のように穏やかで、しかして、動揺〔の思い〕なく、〔心が〕静まる。
 動揺なき彼が動揺なき者にたいし〔どれだけ現前にあるかを〕、また、涅槃に到達した者が涅槃に到達した者にたいし〔どれだけ現前にあるかを〕、貪欲なき者が貪欲を離れた者にたいしどれだけ現前にあるかを、見よ。」これを読むと、増谷先生のおっしゃっていることと少し趣が違うように思います。「法を見る者」とは、ゴータマやゴータマの教え(これを文字の経典に喩えて)をただ見るのではなく、教えを実践し、物質的形態(色身)・妄執を捨てて、再び生存状態に戻らなくなった者ではないでしょうか。「われを見る」とは、「涅槃に到達した者が涅槃に到達した者にたいし〔どれだけ現前にあるかを〕」ということであらねばならぬということだと思います。ゴータマが弟子たちに求めたのは、自分の証得したさとり・解脱・涅槃を弟子たち自身も弟子たち自らの努力で証得することだったと思います。3について。私は差別とは考えていません。そもそも、サンユッタニカーヤでゴータマが呟いて、そして、後世の仏教徒も考えたように、ゴータマの証得した法は、ほとんどの人には、理解し難く会得し難いものだったろうと思います。伝説に過ぎないかもしれませんが、アーナンダは25年間もゴータマの法を聞き続け修行していたにもかかわらず、ゴータマの臨終までに阿羅漢になれなかったとされます。まして、さまざまな縛りにある在家信者には、阿羅漢果は至難の業でしょう。ゴータマは差別したのではなく、ありのままに見ていたのだと思います。そして、ありのままに見ることこそ、ゴータマの考え方なのだと思うのです。5について。涅槃とは、さとり・解脱を別な角度から表現した概念だと思います。確かに、アーガマでは、さとり・解脱・涅槃がどのように得られるのかという記述に多様性があります。しかし、あまりそういう記述に神経質になる必要はないと思うのです。テーラガーター・テーリガーターの記述を絶対視するのではないのですが、全く無視する謂われもないでしょう。すると、そこには、多くの解脱者が登場します。そのすべての者が自分を阿羅漢とは言っていないようです。だから、全員が阿羅漢だったとは言いません。それでも、ある時点で、彼らは悟り・解脱し・涅槃の境地に至ったと思えるのです。ある時点で。アーガマに、解脱の階梯・預流、一来、不還、阿羅漢などがあるのは、実際に修行して、ある境地に至った比丘たちの経験からそういう階梯をつけたのではないでしょうか。私はテーラガーターの証言を信じたい。追伸:片山先生の「相応部」全訳待ち遠しいです。
  1. 2007/09/13(木) 23:44:44 |
  2. URL |
  3. prajunya777 #-
  4. [ 編集]

「阿羅漢」について、など

 prajunya777さん、こんばんは。

 さっそくのご返信ありがとうございます。


1.「正田大観師が訳されたイッティヴッタカ92」
 翻訳者にも著作権がありますので、どこからの引用かは明記されたほうがよいとおもいます。「正田大観師が訳されたイッティヴッタカ92」は、『和合衣』の全体の訳ではありません。全体を読まれれば、「正田大観師が訳されたイッティヴッタカ92」が「増谷先生のおっしゃっていることと」同じだということがおわかりになるでしょう。


2.テーラガーターの証言
 「私はテーラガーターの証言を信じたい」とのことですが、以下の「テーラガーターの証言」はどのように解釈されますでしょうか。「ゴータマが信仰を善しとしたのは、在家信者に対してだったと思います」という prajunya777 さんのお立場とは矛盾する「証言」のようにわたしには見えます。

───────────────
46  わたしは、信によって家から家なきへと出家した。わたしの気づきと知慧は増え行き、心も善く定められた。〔悪魔よ〕欲するままに、諸々の形態(色)を作り為せ。〔おまえが〕わたしを悩ますであろうことは、まさしく、〔有りえ〕ない。
 サミッディ長老は〔語った〕。

(正田大観「テーラガーター和訳」、http://www7.ocn.ne.jp/~jkgyk/sho20070421.html
───────────────

───────────────
249  信によって〔家を〕出て、新たに出家した新参の者は、休むことなく〔励み〕清浄の生き方ある、善き朋友たちと親しくするように。
250  信によって〔家を〕出て、新たに出家した新参の者は、僧団のうちに住む、聡明なる比丘となり、律[りつ](規律)を学ぶように。
251  信によって〔家を〕出て、新たに出家した新参の者は、諸々の分別と分別ならざることに智ある者となり、〔何ものも〕偏重せず、行じおこなうように。
 ウパーリ長老は〔語った〕。

(同上)
───────────────

───────────────
507  彼の、如来にたいする信が、不動で、しっかりと確立しているなら――そして、彼の戒が、善きものであり、聖者に欲せられ、賞賛されているなら――
508  彼に、僧団にたいする清らかな信が〔存し〕、さらには、真っすぐと成った〔法の〕見が存するなら、彼を、〔賢者たちは〕「貧ならざる者」と言う。彼の生は、無駄ではない。
509  それゆえに、思慮ある者は、覚者たちの教えを思念しつつ、信と、戒と、〔心の〕清らかさ、法(真理)の見[まなざし]に、専念するように。
 シリミッタ長老は〔語った〕。

(同上)
───────────────

───────────────
1090  偉大なる牟尼である彼(ブッダ)は、気づきの確立(念処・念住)を首とし、信を手とし、知慧を頭とし、常に、大いなる知恵ある者として、涅槃に到達した者として、〔世を〕歩む。
 マハー・カッサパ長老は〔語った〕。

(同上)
───────────────


3.「阿羅漢」について
 「阿羅漢」については、煩悩の流れがなくなってしまうわけではなくて、いってみれば、煩悩の流れを渡るための泳法を身につけるというようなことだろうとおもいます。

 たしかに在家のほうが、環境的に見れば、「煩悩の流れ」は激流になるでしょうから、それを渡りうるほどの泳法を身につける(在家阿羅漢)ということは、出家者のそれ(出家阿羅漢)に比べるとより困難度は増すとおもわれますが、不可能ではないでしょう。

 そういう理屈からしますと、在家で阿羅漢に到達したほどの者は、出家で阿羅漢に到達した者よりも法の理解は深いということになるとおもいます。したがって、「もしも在家が阿羅漢に達したならば、出家するか、涅槃に入るかです。在家でいるならば長くても七日までです」という以下のような考えは理屈にあわないとおもいます。

─────────────────────
在家でも出家でも、正しく修行すれば悟りを開けます。
 しかし、阿羅漢果に達した聖者には在家生活は無理です。一切の執着はないからです。
自分の肉体を維持することにも執着がないから、恐らく在家でいても自炊さえもしないだろうと、私は勝手に思っています。
もしも在家が阿羅漢に達したならば、出家するか、涅槃に入るかです。
在家でいるならば長くても七日までです、と言うのは仏教の一般的な理解です。

(「(69) 清道尼とは」、http://www.j-theravada.net/qa/qahp69.html
─────────────────────

 また、人類全員が出家すべきだとしますと、出家を養う人はいなくなってしまいますから自滅するほかはないとおもいます。それに、出家は子供を作らないはずなので、人類は滅亡するほかはないでしょう。
 
 「阿羅漢果に達した聖者」は「自分の肉体を維持することにも執着がない」というのもゴータマの教えではないとわたしはおもいます。 このことはすでに申し上げました。

 たとえ、自分じしんは、ニルヴァーナのプロセスに入ることができ、煩悩の激流を渡ることができるようになったとしても、他の人をニルヴァーナのプロセスに導いていくためには「身体」が必要です。

 自分さえ苦から脱することができればそれで「なすべきことは終わった」とするような考え方は、【部派仏教の教え】ではあっても(以下の資料を参照)、【ゴータマの教え】ではないとおもいます。

  大小乗の意味(平川彰)
  http://fallibilism.web.fc2.com/133.html
  1. 2007/09/14(金) 00:48:41 |
  2. URL |
  3. Libra #cNf7QC.Q
  4. [ 編集]

細かな議論にお付き合い頂き有り難う

あなた様のご主張・信念を何となく了解しました。この件についてこれ以上議論しても、お互いのためにはならないと思います。恐らく、よって立つ立場に相当な違いがあるように推察します。ゴータマ・ブッダが、哲学的な議論や、立場の大きく違う者との議論を無益と諭しました。それぞれの立場をかけた議論ですから、お互い譲りようがないからでしょう。あなたさまの今後の目覚しいご精進あられんことを祈念してこの議論を終了させていただきたいと思います。大変有り難うございました。他の記事(法華経などの)を引き続き読ませていただきます。
  1. 2007/09/14(金) 11:36:18 |
  2. URL |
  3. prajunya777 #-
  4. [ 編集]

こちらこそありがとうございました

 prajunya777さん、こんばんは。


1.ギャップが大きいほど討論はより実り多くなりうる
 【討論参加者のもともとの意見のギャップが大きければ大きいほど討論はより実り多くなりうる】というカール・ポパーの考え(以下の資料を参照)にわたしは賛成です。

  フレームワークの神話(カール・ポパー)
  http://fallibilism.web.fc2.com/111.html

 ゴータマも「哲学的な議論や、立場の大きく違う者との議論を無益と諭し」たりはしなかったとおもいます。そういう考えは、初期経典に混入した「ジャイナ教的な無執着主義と相対主義」(以下の資料を参照)だとわたしは考えます。

  仏教解明の方法─中村元説批判(松本史朗)
  http://fallibilism.web.fc2.com/082.html

 もっとも、ゴータマには、「討論の相手がともに語るにふさわしいのかそうではないのかを知らねばならない」という考えはあったとおもいます(増支部経典3・67、以下の石飛道子先生の訳を参照)。

  石飛道子訳「『アングッタラ・ニカーヤ』Ⅲ.67」
  http://homepage1.nifty.com/manikana/canon/mahavagga.html

 しかし、「討論の相手がともに語るにふさわしいのかそうではないのか」は、相手の【討論の態度】によって判断すべきであって、相手の【立場】は問題にならないとおもいます。相手がどんなに自分と【立場】の異なる者であったとしても、その【討論の態度】から「ともに語るにふさわしい」と判断できれば、ゴータマは喜んで議論したとおもいます。


2.誤りなら喜んで意見を訂正します
 わたしは、自分の意見を「もしかしたらひっくり返されてしまうかもしれない仮説にすぎない」と考えています(以下の資料を参照)。

  ブッダと「汎批判的合理主義」(小河原誠)
  http://fallibilism.web.fc2.com/048.html

 「それぞれの立場をかけた議論ですから、お互い譲りようがない」とのことですが、少なくともわたしの方は、【誤りであると気がつくことができれば、喜んで自分の意見を訂正したい】と考えています(『ダンマパダ』第76詩を参照)。

────────────────────
七六 (おのが)罪過を指摘し過ちを告げてくれる聡明な人に会ったならば、その賢い人につき従え。──隠してある財宝のありかを告げてくれる人につき従うように。そのような人につき従うならば、善いことがあり、悪いことは無い。

(中村元訳『ブッダの真理のことば 感興のことば』〔岩波文庫〕、岩波書店、1978年、p. 21)
────────────────────


3.こちらこそありがとうございました
 今回の議論は、初期経典のよい復習になりました。こちらこそありがとうございました。
  1. 2007/09/14(金) 18:54:44 |
  2. URL |
  3. Libra #cNf7QC.Q
  4. [ 編集]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

最新コメント

記事一覧

カテゴリー

プロフィール

Author: Libra

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。