仏教と批判的合理主義

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『法華経』が十二支縁起を方便と位置づけている理由

leaf 『法華経』が十二支縁起を方便と位置づけている理由

  前々回の記事「『縁起と一念三千』の付録」では、【『法華経』が十二支縁起を方便と位置づけている理由】についても触れました。そこでは、その理由として、【『法華経』成立当時すでに優勢となっていた「三世両重の因縁」という解釈に対する『法華経』作者の批判的立場】というものを想定してみました。

  しかし、【『法華経』が十二支縁起を方便と位置づけている理由】としては、もう1つ、より本質的な理由があるようにわたしには思えます。今回は、その【もう1つの理由】について、ごく簡単に述べてみたいとおもいます。


leaf 時間的縁起と論理的縁起

  『法華経』が十二支縁起を方便と位置づけているのは、『法華経』作者が、【縁起には時間的縁起と論理的縁起の両方が含まれるのであって、時間的縁起だけが縁起なのではない】という立場に立っていたからであるようにわたしには思えます。

  時間的縁起と論理的縁起については、水野弘元先生の以下のご説明がわかりやすいとおもいます。

時間的縁起と論理的縁起(水野弘元)
http://fallibilism.web.fc2.com/132.html

  『法華経』は、時間的縁起の象徴ともいうべき十二支縁起を方便と位置づけつつ、「すべてのものは空であり、実体を離れている(無我)と知る人は、正しいさとりを得た世尊たちの菩提を真実に知るのである」(「薬草喩品」、松濤誠廉・長尾雅人・丹治昭義訳『法華経Ⅰ』〔中公文庫〕、中央公論新社、2001年、p.169)と説いているわけですが、それは、時間的縁起と論理的縁起についての深い洞察にもとづくものであるようにわたしには思えます。

  「『縁起と一念三千』の付録」でも述べたとおり、【「実相」という語は縁起を意味する】わけですが、以上のような『法華経』作者の立場を考え合わせますと、【『法華経』の「実相」には、時間的縁起と論理的縁起の両方の意味が含まれている】と解すべきだとおもいます。鳩摩羅什訳の「十如是」では、時間的縁起と論理的縁起の両方がうまく表現されているとおもいます。

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  1. 2007/08/25(土) 08:47:08|
  2.   仏教 [ 法華経 ]
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