仏教と批判的合理主義

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真理について

leaf 対応説という真理観

  このブログでは「真理」という言葉をたびたび用いることになるかもしれません。そこで、まず最初に、「真理」という言葉を筆者がどのような意味で用いるかを簡単にご説明しておきたいとおもいます。「真理」というと、もしかしたら難しく聞こえてしまうかもしれません。そのときは「真である理論」と読み替えて頂くとよいかもしれません。

  今、ある一つの理論があるとしましょう。その理論がどんなものであるときに、わたしたちはその理論を「真である」というのでしょうか。いろいろな説があるようですが、わたしは「対応説」という考え方を支持しています。これがもっとも素朴な考え方ですし、それでいて、特に欠点もないようにおもえるからです(他の説を支持する人たちにはいろんな欠点が見えているのでしょうが…)。ここでは、このブログを読むのに必要なことだけ説明しておけばよいとおもいますので、以下では、対応説の立場から「理論の真偽」についての筆者の考えを説明したいとおもいます。

  理論というのは「世界についての説明(またはその体系)」といってもよいとおもいます。とすれば、ある理論が正しく世界を説明しているとき、その理論は真である(世界についての正しい説明である)ということになりそうです。では、「正しく世界を説明している」ということはどういうことでしょうか。「理論が世界と対応(一致)している」ということではないでしょうか。逆にいうと、理論がみずから説明しようとしているもの(世界)とズレていれば、その理論は偽である(世界についての正しい説明ではない)ということになります。真理についてこのように考えるのが対応説です。

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  1. 2006/12/12(火) 20:24:49|
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