仏教と批判的合理主義

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

『法華経』と釈尊の思想

leaf はじめに

  今回は『法華経』について少し考えてみたいとおもいます。

  『法華経』は大乗経典ですから、歴史上の釈尊の説法をそのまま記録したもの(ノンフィクション)ではありません。あくまでもフィクションです。しかし、フィクションによって、歴史上の釈尊の思想がより生き生きと伝わるということはありえますし、実際、宮沢賢治のような人にはありありと伝わったんだろうとおもいます。

  ある大乗経典について、それが伝えようとしている思想を理解した上で、「歴史上の釈尊の思想に反する」とおっしゃるのであれば、それはそれで一つの立派なお立場だろうと思います。しかし、世の中には、「大乗経典はフィクションだから価値はない」というような短絡的なことをおっしゃる方もおられるようです。こういうことをおっしゃる方は、ドキュメンタリー映画しかご覧にならないのかなといつも不思議におもいます。アニメを観て感動するといったこともおそらくないのでしょう。

  『法華経』は好きなんだけど、そんなことを他人に言うと、「大乗経典はフィクションなんだから、そんなものに価値なんてないよ」とか言われそう…。こんな思いをされている方がもしかしたらおられるかもしれません。今回の記事はそういう方に向けたものです。そういう方に「もっと自信を持ってもいいんですよ」と言ってあげたいというのが今回の記事の趣旨です。宮沢賢治のように『法華経』に惹かれることができたその豊かな感覚にもっと自信を持ってもらえたらいいなと思います。

  以下では、まず、『法華経』が初期経典を素材にして作られているということを確認しておきたいとおもいます。次に、『法華経』のタイトルに用いられている「サッダルマ」という語の意味について考えてみます。最後に、『法華経』の中にあらわれるユニークな思想を2つほど紹介しておしまいにしたいとおもいます。

[『法華経』と釈尊の思想]の続きを読む
スポンサーサイト
  1. 2006/12/30(土) 08:18:31|
  2.   仏教 [ 法華経 ]
  3. | コメント:14

非合理主義者の歩く道

leaf 「世界は開かれている」

  この記事は、「真理について」という記事の続編です。

  わたしは、前回の記事の中で、「わたしたちは世界を自由に変更できたりしません」と書きました。まずはこのことについて補足説明しておきたいとおもいます。

  世界は変化していきます。わたしたちも世界の中の現象ですから、当然、変化していきます。わたしたちは、世界が自分たちにとって好ましいほうに変化することを望みますし、そうなるように最大限の努力をするでしょう。

  しかし、「自分たちにとって好ましいほう」といっても、それが人類の構成員全員にとって常に一致するなどということはとても期待できないでしょう。

  ある特定の問題(例えば、人類滅亡の危機を回避するとか?)については、もしかしたら一致団結できるかもしれません。しかし、《人類の全員が協力しさえすれば、どんな方向にでも世界を思い通りに変更できる》などということは期待できないでしょう。

  世界は容赦なく変化していきます。わたしたちは、世界が好ましいほうに変化するように努力をするわけですが、その努力は、《常にむくわれる》わけではありません。そのかわり、《常に裏切られる》ということもありません。「世界は開かれている」ということですね。

[非合理主義者の歩く道]の続きを読む
  1. 2006/12/16(土) 20:48:48|
  2. 思想一般
  3. | コメント:4

真理について

leaf 対応説という真理観

  このブログでは「真理」という言葉をたびたび用いることになるかもしれません。そこで、まず最初に、「真理」という言葉を筆者がどのような意味で用いるかを簡単にご説明しておきたいとおもいます。「真理」というと、もしかしたら難しく聞こえてしまうかもしれません。そのときは「真である理論」と読み替えて頂くとよいかもしれません。

  今、ある一つの理論があるとしましょう。その理論がどんなものであるときに、わたしたちはその理論を「真である」というのでしょうか。いろいろな説があるようですが、わたしは「対応説」という考え方を支持しています。これがもっとも素朴な考え方ですし、それでいて、特に欠点もないようにおもえるからです(他の説を支持する人たちにはいろんな欠点が見えているのでしょうが…)。ここでは、このブログを読むのに必要なことだけ説明しておけばよいとおもいますので、以下では、対応説の立場から「理論の真偽」についての筆者の考えを説明したいとおもいます。

  理論というのは「世界についての説明(またはその体系)」といってもよいとおもいます。とすれば、ある理論が正しく世界を説明しているとき、その理論は真である(世界についての正しい説明である)ということになりそうです。では、「正しく世界を説明している」ということはどういうことでしょうか。「理論が世界と対応(一致)している」ということではないでしょうか。逆にいうと、理論がみずから説明しようとしているもの(世界)とズレていれば、その理論は偽である(世界についての正しい説明ではない)ということになります。真理についてこのように考えるのが対応説です。

[真理について]の続きを読む
  1. 2006/12/12(火) 20:24:49|
  2. 思想一般
  3. | コメント:10

イントロダクション

leaf このブログの目的

 このブログでは、仏教批判的合理主義について研究していきたいとおもいます。

 といっても、内容じたいは、ホームページ「NOTHING TO YOU」の焼き直しにしかならないかもしれません。

 しかし、上記のホームページとは違って、このブログでは、多少厳密さを犠牲にしてでも、できるだけわかりやすい記事作りをこころがけていきたいと考えています。

[イントロダクション]の続きを読む
  1. 2006/12/07(木) 20:10:00|
  2. その他
  3. | コメント:11

最新コメント

記事一覧

カテゴリー

プロフィール

Author: Libra

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。